製品導入事例/バックナンバー
第96回は、香川県高松市の「株式会社上原不動産事務所」様です。
牟礼(むれ)は海産物と石材で有名な、のどかな港町。牡蠣イカダが浮かぶ穏やかな瀬戸内、その海岸線に沿ってゆっくりと走り抜ける“ことでん”……初めて訪れたのに何だか懐かしい気持ちになる、古き良き“昭和”の面影を残す街です。
そんな地域に愛されて約50年、地元でも指折りの歴史と密着度を誇る「上原不動産事務所」様。@dreamを導入した時期も、四国で一・二を争うほど早かったというベテランユーザーでもあります。
「これまでも、これからもこの街で」という上原明夫社長に、長く愛される不動産屋さんのあり方について、ざっくばらんなお話をうかがってきました。
80歳の大ベテラン、
上原明夫代表取締役。
この街のことなら何でもお任せだ
公式サイト | http://www.fudo-san.jp/ |
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所在地 |
高松琴平電気鉄道志度線「原駅」「房前駅」徒歩8分 地図はこちら |
取材日 | 2014年4月11日 |
生まれも育ちも牟礼だそうですね。なぜこのお仕事を始められたのですか?
もともと、この街の産業である海産物の卸業で働いていたんですよ。ただ、当時から土地・建物といったものに興味がありまして。歴史をたどれば、かつて不動産は、一部の富裕層が持つものでしたよね。土地を持つのは地主で、庶民はそこを借りて住んだり、田畑を耕したり。しかし戦後、GHQが行った農地解放により、庶民も不動産を所有し、子から孫へと受け継ぐことができるようになりました。そう考えたとき不動産業は『未開の業界』ではないかと、猛烈な魅力を感じたんです。土地・建物を通じてみんなに夢と希望を与えられる仕事だと。それで、この世界で仕事をしたいという志を抱いたんですよ。今でもそれは、この仕事の最大のやりがいだと思っています。
強い想いがあったのですね。
昔から、人と会って話をするのが好きでした。「面倒を見るのが好き」といったほうが良いかもしれません。さきほど、「夢と希望を与えたい」と申しましたが、それまで庶民が難しかった「家と土地を持つ」ことのお手伝いをしたかったんでしょうね。ですから今も、ガツガツと売り込みめいたことは一切しませんし、する必要もありません。お客様の悩み相談に乗る、といった気持ちで仕事をしています。
宅地建物取引主任者の資格も、ずいぶん早く取得されたとか?
ええ、香川県で行われた第1回宅建主任者試験が昭和37年で、その時に取得しました。この国に宅建主任者の制度ができたのが昭和33年ですから、かなり初期といえます。業界に強い将来性と貢献性を感じていたので、「もう、これだ!」という気持ちでしたね。そして実際、この街に根付いて商売を始め、一生懸命働いているうちに気付けば50年も経っていました(笑)。
上原社長の宅建主任者
(当時は宅地建物取引員)
合格証書。なんと昭和37年!
「自社ビルを建てるよりも
広い駐車場を」と
作った来客用駐車スペース
牟礼の街の特徴を教えてください。
瀬戸内海に面した、自然豊かな街ですね。気候も温暖で住みやすいところですよ。名物は海産物。獲れたての牡蠣を鉄板の上で焼いて食べる「かき焼き」のお店がたくさんあります。香川県ですので、もちろんさぬきうどんも有名で、県知事も「うどん県」を公言しているほどです。
それと、石材も名産です。庵治石(あじいし)といって、日本でも最高級クラスに分類される花崗岩が採れます。あまりに稀少なので「ダイヤモンドより高価だ」なんて言われることもあったほどです。この石に惹かれて、彫刻家のイサム・ノグチもこの地にアトリエと居を構えました。ノグチの遺志を継いで作られた「イサム・ノグチ庭園美術館」は、海外など遠方からもたくさんの人が訪れる観光スポットになっていますね。
歴史も古い街だそうですね。
当社から歩いて8分ほどのところに道の駅「源平の里 むれ」があるように、源平合戦「屋島の戦い」の舞台になったところで、いくつも古戦場跡が遺されています。ちょうど1200年前、弘法大師が開祖した四国八十八ヶ所霊場の第85番札所・八栗寺も近く、白装束をまとったお遍路さんの姿もひんぱんに見かけますよ。
交通便など、暮らし良さはいかがでしょう?
ことでん(高松琴平電気鉄道)と、JR高徳線がメインの公共交通機関です。田舎町ですが、高松市中心部で働いている人も多く、必ずしも車通勤社会ではありませんね。また地理的に見ると、牟礼は高松市の最東端に位置します。少し歩けば、もうそこはお隣のさぬき市です。高松道や国道が整備されたこともあり、西の高松方面、東のさぬき市方面にもアクセスは非常に快適になりました。
昔に比べるとコンビニやスーパーも増え、日常の買い物にも不便はありません。
この街特有の、不動産の特徴や傾向はありますか?
香川県は全国でも珍しい地域です。10年前の平成16年5月17日、県下全域で市街化区域と市街化調整区域(原則として、新築で住宅を建築してはいけない地域)の線引きが廃止されました。以降、それまで単なる山・田だったところにもどんどん家が建てられるようになったんです。
そうやって供給量が増えれば土地や家の価格は下がる傾向にありますから、売れやすくなります。そのおかげか、私たちも大忙しです(笑)。線引き廃止以降、新しいキレイな家も増えて、街の様子も良い意味でかなり変わってきましたね。それでも土地にはまだまだ余裕がありますから、これから住宅はもっともっと増えるのではないでしょうか。
のどかな港町・牟礼。奥に見える
特徴的な山は、庵治石の産地・五剣山
民家の脇をのんびりと走りぬける
“ことでん”の車両
需要は売買が中心ですか?
そうですね。いわゆる“平成の大合併”で高松市に合併されましたので、高松市中心部に対するベッドタウンとしての要素が強いように思います。地域柄、物件はマンションよりも土地や一戸建てが多いです。賃貸の需要もありますが、そちらは主に学生さん向けのアパートが多いですね。近くに香川県立保健医療大学・徳島文理大学がありますので、毎年春は大忙しになります。長くこの地域でやっていることもあって、家主さんともかなり親しくなるのですが「いまどき学生さん相手に入居してもらおうと思ったら、ネット使い放題くらいの設備は整えておかないと」なんてアドバイスすることも多いです。
お客様はどのような方が多いですか?
売買がメインですので、自然と若い世代のファミリーが多くなりますね。ただ、やはり地域に根差しているので、祖父母から、子、孫へと3代にわたって私たちが住まいのお世話をさせてもらった、という方も少なくありません。「あのな、上原さん。こんど孫が家を建てるって言うとるんやけど、ちょっと世話してやってくれんか?」と、おじいさんから電話がかかってくるなんていうのもよくあること。ありがたいことに「このあたりで家や土地を探すなら、上原さんに頼めば大丈夫」と思ってくださっているようですね。
外から入ってこられる方はいかがですか?
多いですよ。たとえば若い夫婦なら、高松市とさぬき市にそれぞれの実家があるような方。どちらにも帰りやすいという理由で、ちょうど中間地点にある牟礼は都合が良いようです。 結婚を機に地元で家を建てたいというUターンの人もおられます。地元愛が強い人が多いのでしょうね。ちなみに、牟礼は秋祭りが活発で、そこに参加するために仕事を休む人がいるほど。そういう風土が忘れられないのかもしれません。
それと、こういう人たちが家・土地を探す場合「牟礼界隈で」という指定ではなく、「牟礼の、この地域の、このあたりで」と、かなり場所を限定して探すことが多いんです。できるだけ実家や親族たちの近くに住みたいとか、昔からの兼ね合いとかいった理由が多いですが、これは地方特有の面白い傾向かもしれませんね。そういう細かい希望にも応えられるのが、当社の強みでもあります。
すると、オーナーさんとの関係構築も大切ですね。
そうですね。先ほど申しました市街化区域・市街化調整区域の線引き廃止以来、新築物件の供給が増えています。すると物件を所有しておられる方は「リフォームするか、新しいものを建てるか」で悩むこともあるわけです。実際にそういったご相談もよく受けますし、そこに親身になって応えることで信頼も深まります。大事なのはその積み重ねです。コツコツと、地道に頑張っていますよ。
最寄りの「ことでん・原駅」。
郷愁あふれる雰囲気は無人駅ならでは
四国八十八ヶ所巡りの
札所でもある牟礼。
お遍路さんたちが旅する光景も日常だ
スタッフは何名で運営しておられますか?
最近、新しい仲間が1名増えまして、現在私を含めて4名です。みんなで力を合わせて楽しく頑張っています。
また、私以外はすべて女性です。地域柄、お陰様で強い売り込みをしなくても地縁や血縁でどんどんお客様は来てくれますから、お店の雰囲気も家庭的で明るいものにしたくて。現地の案内だって、こんなおじいちゃんより、若い女性がやってくれたほうがお客さまも嬉しいじゃないですか(笑)。
上原社長はもうあまり現場には出られないのですか?
いえいえ、そんなことはありません。やはり、私も長年地域で築いてきた“顔”というものがありますから、私を頼って来てくれるお客さまも多いですしね。まだまだ現役で現場案内もしていますよ。そもそも、人と接するのが好きでこの仕事を始めたのですから、やめたいとも思いません。それに、物件案内などで外に出ることで、常に新しい不動産情報を自分の目と耳と足で得ることができます。そういうアンテナは常に張っておかないといけませんからね。
女性スタッフのみなさんも、イキイキ働いていらっしゃいますね。
ありがたいですね。私は、もっと女性人材を活用したいという想いも持っているんです。女性の社会進出が増えたとはいえ、実情はまだまだでしょう? 女性の経営者が育つくらい、どんどん活躍してほしいですね。
ホームページやインターネットの活用にも、女性の感性をもっともっと取り入れたいです。いまホームページを主に担当してくれているスタッフは、入社前から、自分で住む物件を探しがてらいろんな不動産屋さんのホームページを見比べるのが好きだったという女性で。とても心強いですね。
事務所でお仕事中の一コマ。
忙しい中にも和気あいあいと
事務所は上原社長の自宅直通。
お客さまは座敷に招かれて
契約することも
スタッフのみなさんと。
社長から反時計回りに
長町さん、竹内さん、吉田さん
ずいぶん早くから、インターネットの活用に着目されていたそうですね。
昔から好奇心が旺盛な性格だったんですよ。「不動産もコンピュータの時代が来る!」と信じ、30年以上前から組合の有志同業者たちと勉強会をしたり、首都圏・大阪圏で関連商品の展示会があると聞けば、ツアーを組んで視察に行ったりしていました。インターネットの時代がくる前から、デジタルの活用に興味があったんです。
ホームページも、最も初期の簡単なものも含めれば、かなり早くから設置していたと思います。検索しても当社しか引っかからないくらいでしたから。
それだけ初期からとなると、周囲の反応はいかがでしたか?
冷ややかでしたよ。「そんなもので商売になるのか」とか、「他業者にネット上の物件情報だけ盗られて、勝手に売主さんやお客さまと交渉されたらどうするんだ」とか。しかし、そこは自信がありましたね。地域に根差すことで、売主さんとの間にも長年築いてきた信頼がありましたから。「盗れるもんなら盗ってみい!」くらいの気持ちでしたよ。
今でもそうですが、ネットを活用したからといっても、やること自体は変わらないんです。あくまで家庭的に、誠実に。創り上げた信頼があってこそ成り立つのが不動産業だと思っています。
ネットを活用し始めたことで、何か変わりましたか?
3年前から、チラシはやめました。ホームページと、地域の繋がりによるアナログな紹介だけで十分です。それと、客層が変わりましたね。やはり若い方が増えたように思います。学生向けの賃貸物件は、ほとんどがホームページからの問い合わせです。もちろん、広範囲からの反響が生まれるようにもなりました。
ホームページで工夫していることは?
実は、いまのホームページの原型を作ってくれたのは妻でして。独学でいろいろ勉強して、ゼロから作り上げてくれました。デザイン的には「いま風」ではないかもしれませんが、しっかり役目を果たしてくれていますよ。
現在はスタッフが主に担当していますが、「いかにその先をクリックしてみたくなるか」を最重視して、デザイン・見出しを工夫しています。たとえば「高台にある物件」「海の見える物件」など、地域性を活かしたカテゴリーを作るなど、新しいアイデアはどんどん加えて、「思いついたらすぐ修正!」というスピード感を大事にしてくれているようです。
システム説明書の日付は昭和56年。
この頃すでに物件を
データベース化していた
ホームページもかなり早くから導入。
@dreamのITサポーターによる手厚いアドバイスを 受けながら、
社長の奥さまが独学で作られた
@dream導入のきっかけは?
やはり、その黎明期から不動産にもデジタルの波が押し寄せると思っていましたからね。それに対応できないと、情報化社会の中では生き残れないという危機感があったからです。たしか、当社が香川県で最初に@dreamを導入した不動産屋さんだったと思いますよ。四国でも1番か2番目ではないでしょうか。
もともとは知人から@dreamを紹介されたのがきっかけですが、たとえば物件の登録・更新作業など、私がインターネットを使ってやりたかったことが簡単にできる点に非常に魅力を感じました。導入後も、不明点に対するサポーターさんの対応が素晴らしく早く、しかも丁寧なのですごく助かっています。
@dreamを使ってのお客様への対応はどのように?
これが都市部とは違う点なのかもしれませんが、このあたりのお客さまは、メールでのお問い合わせをほとんどされません。ホームページで物件情報を見て、すぐにお電話で問い合わせるか、直接ご来店されるかのいずれかです。
長年築いてきた信頼もありますし、住民性のようなものもあるでしょう、不動産屋さんそのものに対する警戒心があまりないのです。「メールで問い合わせるのは面倒だ、直接聞いたほうが早い!」と考えておられるようですね(笑)。
ですから@dreamは、当社のようなアットホームさやガツガツしない接客を売りにしている不動産屋さんとは、非常に相性が良いのでしょう。私たちにとって@dreamは、「営業」「売り込み」「フォロー」をするツールというより、あくまでお客様への情報提供や最初の接点を生み出す存在です。
では最後に、今後の目標や方向性などをお聞かせください。
ホームページや@dreamの活用という点では、スマホやタブレット端末への対応をしていきたいと考えています。それと、不動産の売買、賃貸の契約・取引がインターネット上で行われるようになる可能性が出てきました。そこへの対策も課題ですね。そうやって、誰もがもっと気軽に当社や当社の物件情報にアクセスできるようにしたいのです。ただ、商圏を拡大するとしても、このエリアから極端に離れるつもりはありません。あくまで「地域一番店」でいたいですからね。
いかにインターネットが商売の中心ツールになろうとも、地域や人との繋がりを最も大事にする不動産屋さんでありたい。これは今後も変わることはありません。
徒歩約8分のところにある
道の駅 「源平の里 むれ」
潮の香り、のどかな街並み、豊かな緑。
いつまでも、牟礼の街とともに
会社名 | 株式会社上原不動産事務所 |
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住所 | 〒761-0123 香川県高松市牟礼町原471-1 |
TEL | 087-845-5111 |
FAX | 087-845-5113 |
お問合せ先 | uehara@fudo-san.jp |
公式サイト | http://www.fudo-san.jp/ |
インタビューを終えて
当連載史上最年長・大ベテランの上原社長。コツコツと地域に根付いて「この街の不動産なら上原さん」と言われるまでに絶大な信頼を築いてこられました。その信頼度といい、歴史といい、これほどまでに「地域密着」という言葉がふさわしい不動産屋さんも珍しいのではないでしょうか。
一方で先見の明に優れ、インターネットをはじめ新しいものをどんどん取り入れる姿勢は、私たち若い世代も舌を巻くほど。いくつになっても挑戦をやめない上原社長、「私が若い頃、今の私と同じ世代の先輩経営者に『40歳や50歳なんてまだまだヒヨッコだよ』と言われたんだけどね。今ならそれもよく分かります」と笑います。
築いてきた50年と同様、これからの50年も、アットホームで愛される「街の不動産屋さん」でいてくれることでしょう。
(取材、撮影、編集、文章 : 物語ライティング )